雲照寺
雲照寺は那須塩原市 (日本)にあります。寺院のカテゴリで注目されており、評価は5.1です。詳細はこちらをご覧ください。
顧客レビュー
雲照寺 評価は 3.6 ~から 5 に基づいて 47 レビュー Googleで
東国花の寺栃木7番、那須三十三観音16番札所です。とても広い境内です。別格本山に相応しい構えでした。西国三十三ヶ所の写があります。御法要中にもかかわらず、ご丁寧に御朱印を頂戴しました。ありがとうございました。
石仏のワンダーランドです。 不毛の地であった那須野ヶ原の開拓が進んだのは明治時代です。ゆえに現在の那須市街には古社、古刹の類はありません。 こちら 雲照寺は開拓を推進した那須開墾社の肝入りで開山となりました。文科省様のお目眼にかなうような寺宝もありがたい縁起もありませんが、広大な寺域にはあまたの石仏が安置されています。境内にあって一際威容を放つ准胝観音像は、福島県南部を中心に数々の傑作を残す「奇巧の石工」小松寅吉の手によるものです。これでもかと言わんばかりの技巧の洪水に圧倒されます。当時の住職の依頼をうけて生前戒名まで授かった寅吉は、弟子を引き連れて数年がかりで 准胝観音像を完成させたとのことです。境内にある他の石像は玉石混淆ですが、多くは寅吉の弟子によるものとされています。 私がここを参拝したのも小松寅吉とその一門の作品を堪能するためでしたが、観光資源とはみなされていないのか、案内も説明も見当たりませんでした。作品としては素晴らしいだけに、少々残念に思います。 全国的な知名度は相当に低いとは承知したうえで、小松寅吉の良さを皆さんにも知っていただきたいとの思いもこめて★四つの評価です。
大正.昭和前期の日本画家、石川寒巌が参禅し、釈戒光の感化を受け、「寒巌」の道号を与えられた道場です(中期以後の作品は"新南画"といわれる)。とちぎ名木百選の雲照寺の大松の枯死したあとの根本があります。赤松は樹齢約350年が限界らしく、この大松は、枯死前、樹齢約350年と書いてありました。それを見た次の年に、枯死しました。石仏は素晴らしいですが、最初に断ってから撮影しないと駄目らしいです。
小松寅吉寅吉とその一派の繊細な彫刻を楽しむ庭園美術館てな風情。その割には草ぼうぼうだし、山百合も点々だし、案内板は無いし。准胝観音なんて分かる人少ないかと。天台宗では仏母だからか妙に艶めかしい仕上がり。御朱印は狭義な条件下のみいただけます。 裏手には那須疎水たる鍛冶屋堀がブワブワと流れています。
巨木の杉並木参道から印象的なお寺ですが 名石工師の小松寅吉が襲名布孝の名で彫った 力作 準堤観音像が本堂前に鎮座し 彫りの細かさや迫力に見入ってしまいます。 他にも寅吉の弟子達作と思われる奉納された 沢山の仏像が森の中に林立し独特の雰囲気を 醸し出しています。 多くの奉納仏は他県からの連名が見て取れ 明治の初期 那須野が原の開墾で移住した 人達の信仰と心の拠所の対象が 雲照寺の創建となり多くの奉納佛になった 様です。 とてもパワーを感じる神聖な寺域です。
烏森神社のあと、近くの雲照時に行きました。 傑僧として名高い雲照律師を招いて開山した寺で、創建は明治20年(1887)5月5日と新しい。かつて那須野ヶ原、なかでも「西原」呼ばれる一帯は水に恵まれず、不毛の原野であったが、明治13年(1880)に那須開墾社などの農場が開かれ、さらに那須疏水が開通し、開墾事業は軌道にのった。こうして地域住民の生活が安定し、寺院の存在が必要となり、雲照寺が建立されたということです。
真言宗東寺派別格本山。本尊は大日如来。 那須三十三観音霊場札所(南無観世音大菩薩)、東国花の寺百ヶ寺札所(大日如来) 専用納経帳でないと御朱印を頂くことは出来ません。そういう対応でした。
~に関する情報 雲照寺
住所
雲照寺 に位置しています 日本、〒329-2745 栃木県那須塩原市三区町659 雲照寺
電話
電話番号は 雲照寺 は +81 287-36-0824
ウェブサイト
ウェブサイトの 雲照寺 は hanatera.jp/temple/tochigi7
