国清寺

📍 寺院 の 岡山市

国清寺
6.5

国清寺は岡山市 (日本)にあります。寺院のカテゴリで注目されており、評価は6.5です。詳細はこちらをご覧ください。

の特徴とサービス: 国清寺

設備

  • トイレ

国清寺61名中10位です 寺院 の 岡山市

顧客レビュー

★★★★★
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国清寺 評価は 4 ~から 5 に基づいて 90 レビュー Googleで

東出雅紘

岡山藩池田氏の祖である池田輝政と池田利隆の菩提寺である。慶長14年(1609年)に池田利隆が建立し、当初は「法源寺」と呼ばれていた。その後、池田光政が岡山藩に入封した1632年に現在の「国清寺」と改称された。(参考)元禄11年(1698年)に岡山藩二代藩主池田綱政が建立し、岡山藩主池田家の菩提寺である曹源寺と同じく臨済宗妙心寺派で、よく修行者や参詣者と出会う曹源寺と違い静かである。

東出雅紘 ☆ 3/5
渡辺裕二

「池田の殿様のお寺じゃ」と幼い頃にはよく近所の年寄りから言われ、子どもながらに敷居が高いお寺でした。それでも住職さんのお手伝いをすると、美味しく珍しいお菓子を食べさせて貰えるので、都合よく出入りしてた思い出があります(硬筆と習字を習ったのもこちらです)。 昭和20年の空襲で焼失し再建された国清寺。山門の鬼瓦は輪宝紋で気迫を感じ、主要建物の鬼瓦は備前揚羽と岡山池田家の家紋です。山門から大雄宝殿(本堂)まで敷かれた石畳は圧巻。梵鐘は藤原国次作で、同じ禅宗の曹源寺の梵鐘も国次による作です。観音堂には、赤穂義士の大石良雄が母親に宛てた手紙で造られた観音様(文がら観音)が祀られており、併せて四十七士の霊も供養されています。 国清寺の境内は元々広く、今の小橋町ほぼ全域が「国清寺町」という町名だったり、路面電車には国清寺駅があったほどでした。戦後の都市計画によって、境内は大幅に狭められたものの(当時の1/4に)、岡山市中心部にありながら門を一歩入ると、今でも凛とした静けさに包まれ、手入れの行き届いた美しい庭は、まるで別世界に足を踏み入れたかのような感覚にさせてくれます。 お勧めは、終戦に近所の子供たちの日曜学校として解放していた「清光苑」。旧旭東小学校の校舎の一部を移築したもので、面影が建屋南側の外壁に残っています。

渡辺裕二 ☆ 4/5
ぱぴやす

岡山藩主池田家の祖である輝政・利隆の菩提寺でかつては桃山時代風の豪壮な本堂があったそうですが戦災で焼失し、戦後も新京橋の新設により門前の境内地の大部分を失い、さらには東側の墓地も整理され往時の面影は失われました。それでも西側には池田家の墓地が多数残っており、都会の中の静寂を保っています。

ぱぴやす ☆ 2/5
izumi izumi

山門より正面にある鉄筋コンクリート造りの建物が「大雄宝殿」。左手に「開基廟」と「観音堂」がありました。ロウソクや線香をあげますところは見当たりませんでした。お墓エリアは落ち葉が積もっており、墓石の大きさが印象に残りました。 平日に訪問したところ、お寺の西側、旭川沿いにある国清寺駐車場は門扉が閉まっており、駐車できませんでした。お寺の東側、細い路地沿いにある国清寺駐車場は門扉がないため、駐車できそうな感じもしましたが、無料かどうかわからないため、遠慮しました。 山門のすぐ隣にある岡山市福祉文化会館駐車場は1時間300円でした。それだけの駐車代を払って拝観する価値があるかどうかは、疑問符が浮かぶところです。2018年11月訪問。

izumi izumi ☆ 3/5
藤沢順子

隅々まで手入れの行き届いた美しい庭を持つ池田殿様の御家族寺です。お庭のモミジの本数はたいそうなものです。 紅葉スポットに出てきませんが、静かに堪能出来て、まさしく穴場。 山門や鬼瓦、梵鐘、観音像等等観るもの多くあります。私は御手水の龍が好きです。ほっぺたが膨らみ、目つきに独特な愛嬌があり、飼っている白内障の犬に似て…。愛おしさを感じます。 西隣りの有料駐車場を利用するしかないかと思っていましたが、東側にお寺の駐車場がありました。目立ちませんので、お気をつけて。

藤沢順子 ☆ 4/5
パフェ子

岡山市中区の小橋にある国清寺。 本堂は空襲で焼失したが石畳に空襲で焼けた痕跡が残るという。

パフェ子 ☆ 5/5
Mika Nonaka

街の喧騒がうそみたいに一歩中へ入ると静寂に包まれていました。 赤く色づいた紅葉と黄色い葉がとてもキレイでした

Mika Nonaka ☆ 4/5

~に関する情報 国清寺

住所

国清寺 に位置しています 日本、〒703-8293 岡山県岡山市中区小橋町2丁目4−28 国清寺

電話

電話番号は 国清寺 は +81 86-272-0066

お問い合わせ 国清寺

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