三惠寺
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三惠寺=さんねじ と読みます。 大同元年(806年)に創建された、1200年あまりの歴史があるお寺です。 室町時代の応永年間(1394〜1427年)怡雲和尚(いうんおしょう)が荒廃していた三惠寺を中興しました。 ※中興=いったん衰えたことを再び盛んにすること。 怡雲和尚は、京都の東福寺で修行し、中国の金山寺にも留学した名僧です。 怡雲和尚には、様々な伝説があります。 ・本堂にあらわれる化け蟹の退治(蟹が池に説明板あり) ・薬師如来のお告げにより温泉を発見 ・国見岩から中国の金山寺の火事を見つけ、水印加持の祈祷で消し止める 話題の多い和尚さまですね。 また、三惠寺には、幕末の元治元年(1864年)8月ごろ、公家の尊王攘夷論者 中山忠光卿が庫裡(くり)の屋根裏に一時潜伏していたことがあるそうです。
長門三十三観音霊場、第26番札所です。三恵寺(さんねじ)と読むそうです。ご本尊の千手観世音菩薩様は、70年に1度ご開帳されるとのこと、5年前にご開帳されたという記録がありました。5年前のご開帳の写真が投稿されています。本堂は、その時に改修されたようで、とても綺麗で、天井いっぱいに素敵な絵が描かれていました。 本堂の裏山に、古蹟霊場巡り遊歩道が整備されていて、案内板や案内地図をスマホで写真に撮って、それらを頼りに、散策しました。県の指定天然記念物のモッコクは、とてもすごくて、一見の価値があると思います。小学生の時に体験したオリエンテーリング気分で歩き回りました。
寺伝によると、三恵寺は701年、東大寺の実恵和尚の創建だそうです。現在は曹洞宗のお寺となっています。本尊は70年に1度開帳される木造千手観音菩薩立像で、山口県の有形文化財に指定されています。境内には3頭身の羅漢石像があったりして楽しめます。立派な観音堂にお参りしていると、住職さんが声をかけて下さり、お堂の中に上がらせて頂きました。格天井には鮮やかな錦絵が飾られているのですが、伝統的な絵に混じって、オードリーヘップバーンの肖像画やトムとジェリーなどが描かれていて、住職のセンスの良さが伺えます。
もみじかな? 青葉がとてもキレイでした。 入り口からの道路の幅が狭くて怖かったです。 対向車が来たら…
先月、夜の9時前ごろにここの近くの山道を歩いていたら途中上半身裸?で裸足(だったとおもう)の人が道の外れの森の奥の方に小走りしてたのを見かけました、、。後ろ姿しか見てないのでよく分かりませんが髪が少し長かったので女性かなと思いますがかなり高身長でガタイが結構もまあまあ良かったです、。若干肌は色白で余計怖かったです。。
行き方は三恵寺の東側の道路を通り、池の北側を通りUターンする感じでお寺に向かいます。 徒歩だと行けるかもしれませんが西側からの道路はなかったと思います。 元治元年八月 忠光公は、外から見てわからない本堂の中にある二階の部屋に、人目を避け潜んだという。現在二階にある部屋は公開されていない。
60年に一度のご開帳の千手観音像を拝顔できました。とても親切にご説明していただきました。
~に関する情報 三惠寺
住所
三惠寺 に位置しています 日本、〒759-6301 山口県下関市豊浦町大字川棚5000 三惠寺
電話
電話番号は 三惠寺 は +81 83-242-0800
