弘経寺
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弘経寺 評価は 4.3 ~から 5 に基づいて 68 レビュー Googleで
『寿亀山松樹院弘経寺』は茨城県結城市結城にある浄土宗の寺院です。 創建は安土桃山時代の文禄4年(1595)、結城家18代当主結城秀康が娘の松姫(文禄3年1月9日早世)の菩提を弔う為、檀誉存把を招いて開山したのが始まりと伝えられています。 檀誉存把は元々現在の茨城県常総市豊岡町に境内を構える弘経寺の9世住職でしたが、天正5年(1577)に領主である多賀谷氏と当地に侵攻してきた小田原北条氏との間で激しい戦いがあり、その兵火により弘経寺が焼失した為、下妻に逃れ、結城秀康を頼り当地で再興を果たしました(一方、常総市でも再興が図られ千姫の菩提寺となっています)。 慶長5年(1600)の関ケ原の戦後、秀康が福井藩に移封になると、弘経寺は庇護者を失い一時衰退しましたが、江戸時代に入ると幕府が庇護し三代将軍徳川家光から寺領50石を安堵、さらに慶長年間(1596〜1615)に学問所である浄土宗関東十八檀林が設置され寺運も隆盛し文政年間(1818〜1830)には10軒の学寮があったとされています。
【弘経寺】 寿亀山弘経寺は、浄土宗の名刹で桃山時代の文禄四年(一五九五)結城家十八代の城主秀康(徳川家康の子)がその息女松姫追善供養のため飯沼(水海道市)の弘経寺の住職檀誉上人を招いて建立したと伝えられ、のち浄土宗の学問所関東十八檀林の一つに数えられ、広くその名を知られました。 寺には、江戸時代の俳人、与謝蕪村が無在中画いたすぐれた「襖絵」や室町時代作の「当麻曼陀羅」があり、ともに茨城県文化財に指定されています。 また市指定文化財となっている史跡「砂岡雁宕の墓」があります。 なお、境内には蕪村の句碑「肌寒し己が毛を噛む木葉経」がある。
とても歴史の有るお寺です、山門だと思ったところは裏(山)門でした。当日は隣の幼稚園の発表会をお堂で行われていて子供たちの歌声が聞こえました。御朱印の御対応もご丁寧なうえ色々お話を聞かせていただきありがとうございました。
子供たちの可愛い姿を見ながら、駐車場にバイクを止めて参拝させて頂きました。 街中に有りながら、とても広くて立派なお寺でした。 綺麗な書体の御朱印を頂きました。
こちらの保育園卒業です お彼岸で母のお墓参りの帰りに通ると桜が綺麗だったので、寄ってみました かなり久しぶりでこんな感じだった?と懐かしく桜や本堂を見て回りました まだ3月なのに桜が綺麗で結構桜を見に来てる方がいました 見頃なのかな
かなり立派な寺。「明照保育園」も併設。 県指定文化財の 絹本著色当麻曼荼羅 絹本著色襖絵(与謝蕪村筆) もあり。 2021年11月8日(月)に結城市の街歩きで見かけた。 結城市の公式ホームページより ●弘経寺(ぐぎょうじ) 浄土宗の関東18壇林のひとつとなる寺院。結城家18代秀康が松姫(娘)の早世に対し,存把上人を招き建立した。境内には俳人「砂岡雁宕」の墓のほか,滞在時に書いた襖絵や句碑も残されている。
結城ではかなり大きなお寺さんです。 昔ながらの街並みのはずれにあります。 雰囲気がとってもあってパワースポット感を感じました。
~に関する情報 弘経寺
住所
弘経寺 に位置しています 日本、〒307-0001 茨城県結城市結城1591 弘経寺
電話
電話番号は 弘経寺 は +81 296-33-2039
ウェブサイト
ウェブサイトの 弘経寺 は city.yuki.lg.jp/page/page000434.html
