本法寺
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本法寺 評価は 4.2 ~から 5 に基づいて 340 レビュー Googleで
堀川寺之内の交差点を北に行った東側にあるのが日蓮宗の本山(由緒寺院)の寺院である「叡昌山 本法寺(ほんぽうじ)」になります。 明治維新前には、31ヶ院の塔頭がありましたが、現在は、「教行院」「教蔵院」「尊陽院」の3ヶ院が「本法寺」とともにあります。 本阿弥光悦による作庭による「巴の庭」や長谷川等伯の「大涅槃図」等の見所のあるお寺になります。 【本法寺の歴史】 永享8年(1436年)に日親が本阿弥本光(清信)の帰依を得て建立した「弘通所」が始まりになります。当初は、東洞院綾小路(現・京都市下京区)にありました。後に本阿弥家の菩提寺になった。 天文法華の乱で一時堺に避難していましたが、やがて一条堀川に堂宇を再建した。 その後、豊臣秀吉の聚楽第造営によって現在の地に移されました。天明の大火によって経蔵と宝蔵を残して全て焼失した。その後に再建されたのが現在の堂宇になります。 尚、「本堂」「開山堂」「多宝塔」「仁王門」の4棟は、棟札によって、寛政8年(1796年)から文化5年(1808年)の間に建立されたことがわかっています。現在、「本堂」「開山堂」「多宝塔」「仁王門」「庫裡」「書院」「大玄関」「唐門」「鐘楼」「経蔵」「宝蔵」「石橋」等が京都府指定有形文化財に指定されています。 2025年10月訪問
…写真の撮影日時は2025.09.03(水)13:00台。以下にこちらのお寺についての基本情報を挙げる。参考資料は① Wikipedia (本法寺、日親)②京都市下京区株式会社法蔵館発行『仏教史年表』③日蓮宗佐賀県宗務所ホームページ(特集ページ)④大阪府堺市立図書館蔵書「堺市史」より26日親⑤biglobeブログ(2019.07.28久遠成院日親上人)…因みに、行きたいと思うがなかなか行けない"六角獄舎"の訳が何となく判った。日親上人は室町幕府第6代将軍足利義教へ諌暁を行い逆に義教の怒りを買い捕えられ投獄されたが、その投獄先が六角獄舎だった。ここまで分かればいつの日か六角獄舎を訪れることもできるかと思う。 叡昌山本法寺… 創建年・永享8(1436) 開山・久遠成院日親 開基・本阿弥本光 札所・洛中法華21ケ寺 合掌
本阿弥光悦(1558-1637)は、安土桃山時代から江戸時代にかけて活躍した芸術家で、その才能は多岐にわたり書・絵画・陶芸・漆芸などに優れた作品をのこしています。 本阿弥家は元来、刀剣の鑑定や研磨を生業とする家柄で、足利幕府に仕えていました。光悦の曾祖父である本阿弥本光(清信)が、刀剣の鞘走が原因で足利幕府六代将軍義教の怒りに触れ、投獄された際に獄中で日親上人と出会い、教化されて熱心な法華信者になります。 爾来、本阿弥家は本法寺を菩提寺として支え、豊臣秀吉の命によって現在地へ移転を強いられた際に、光悦は父親の光二と私財を投じ、伽藍の整備に力を尽くしました。また、これにあわせて光悦によって造られたとされる「巴の庭」は、室町時代の書院風枯山水の影響と安土桃山時代の芽生えを感じる名庭です。昭和47年に修復され、昭和61年に国指定名勝となりました。
2023年12月18日に参拝しました。 西側の堀川通からも入れますが、東側の表千家と裏千家の建物が連なる風情ある小川通に仁王門がありますので、迂回してでも正面からの参拝をオススメします。 仁王門をくぐり参道を進むと、前方に多宝塔と本堂が、右奥には庫裏が見えてきます(庫裏の中に拝観受付があります)。 こちらでは、本阿弥光悦作の「巴の庭」などの美しい庭園と長谷川等伯作の日本最大級の涅槃図(複製)を見ることができます。受付をして廊下を進むと「十(つなし)の庭」と宝物館があり、その先の回廊を渡ると「巴の庭」(室町期の書院風枯山水の影響を残す国指定の名勝)です。 観光客が比較的少ないことから、ゆっくりと心静かに過ごすことができました。 なお、春の特別寺宝展(2025.3.14~4.15)では、涅槃図の実物が公開されます。
2025.4.7 春季特別寺宝展(4/15迄)で訪れました。日蓮の開山、本阿弥元光が開基、本尊に三宝尊を祀る日蓮宗の寺院です。 稀代の芸術家本阿弥光悦家の菩提寺でも有り、いろんな所に巻物や書、道具を残してくれています。何故、繋がったのか? それは刀剣作りの家に生まれた光悦、徳川将軍の修理の刀を濡らし牢獄へ、そこに本法寺の住職、法華経なんて変な仏教だと牢獄へ… そんな笑い話の様な縁で光悦も信者となっている 前回の訪問は冬、今回は桜の時期と、長谷川等伯の「仏涅槃図」の本物を見たくて来ました。そんな意図を知ってか、「仏涅槃図」「巴の庭」は別紙でポイント説明書付きです。 等伯が息子久蔵9才を亡くし筆を捨てる。その時、この本法寺10世日通さん、生きる教えを教えを説いたのでしょうね。筆を持たせたのがこの絵です。 人間は悲しみで涙、だが動物で涙を流している馬を発見 本物故の傷か、それとも私の錯覚か?
「鍋かむり日親 (にっしん)」として知られる、日親上人が1436年 (永享8年) に開山した日蓮宗のお寺。天文法華 (てんぶん ほっけ) の乱 が起こった際、大坂 堺に一時避難するも、京都へ戻る請願が続けられた結果、1542年 (天文11年) に京都に戻りました。その後、豊臣秀吉の命により、1587年 (天正15年)、現在の地へ移転して今日に至っています。 本堂・開山堂・多宝塔・仁王門など、本格的な伽藍があり、本阿弥 家の菩提寺らしく本阿弥 光悦 (ほんあみ こうえつ) の作成した枯山水「巴 (ともえ) の庭」もあり、小さいながらも立派なお寺。 長谷川 等伯の「佛 涅槃図 (ぶつ ねはんず)」などの美術品も多く、是非、参拝する事をお勧めします。縦 約10m・横 約6mに及ぶ日本で最大級の涅槃図で、原寸大の複製が通常は展示されていますが、毎年3月から4月頃に開催される「春の特別寺宝展」で実物が一般公開されます。 境内の散策は無料ですが、「巴の庭」や「佛 涅槃図」は拝観料が必要。庫裏が受付になっており、御朱印や御首題も受付でいただけます。 地下鉄 烏丸線 鞍馬口駅から、妙覺寺--妙顕寺--本法寺と回って、堀川今出川 近くの白峯神宮や晴明神社を参拝して今出川駅へ至るコースが良いと思いますが、今出川駅で下車して、4番出入口から地上に出て白峯神宮や晴明神社へ参拝後に、本法寺へ向かう方が分かりやすいかも知れません。 白峯神宮や晴明神社のすぐ近くをはしる、片側3車線ある堀川通に面している堀川病院の前から、歩いて5分ほどで「三巴の庭」と書かれた札のあるお寺の門に着きます。茶道総合資料館のすぐ隣。 こちらは裏門にあたるようで、通り過ぎてしまいがちですが、奥へ進むと境内に入ることができ、左側に拝観受付があります。多宝塔を見ながら、さらに進むと仁王門を通って裏千家 住宅を経て、妙顕寺へ行くことができます。 裏千家 住宅から妙顕寺への道は、観光地ではない京都らしい雰囲気があってとても良い。茶道 関係らしき、和服を着た大勢の方が、道を歩いており、警備員まで立っていたので驚きました。
今丁度特別展があり長谷川等伯の釈迦涅槃図の本物が鑑賞できます圧倒されるスケールにびっくりしました、また本阿弥光悦の茶碗や書も大変良かったです。
~に関する情報 本法寺
住所
本法寺 に位置しています 日本、〒602-0061 京都府京都市上京区小川通寺之内上ル本法寺前町617 本法寺
電話
電話番号は 本法寺 は +81 75-441-7997
ウェブサイト
ウェブサイトの 本法寺 は eishouzan.honpouji.nichiren-shu.jp
営業時間
月曜日: 10時00分~16時00分
火曜日: 10時00分~16時00分
水曜日: 10時00分~16時00分
木曜日: 10時00分~16時00分
金曜日: 10時00分~16時00分
土曜日: 10時00分~16時00分
日曜日: 10時00分~16時00分
