天台宗 安城山 甚大寺
📍 寺院 の 佐倉市
天台宗 安城山 甚大寺は佐倉市 (日本)にあります。寺院のカテゴリで注目されており、評価は6.0です。詳細はこちらをご覧ください。
の特徴とサービス: 天台宗 安城山 甚大寺
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顧客レビュー
天台宗 安城山 甚大寺 評価は 4.1 ~から 5 に基づいて 35 レビュー Googleで
R8.1.10参拝 直書きにて佐倉七福神毘沙門天、御本尊観音様の御朱印拝受。
安城山不矜院甚大寺は、元和元年(一六一五)慈眼大師天海大僧正が、天台宗比叡山延暦寺の末寺として山形城下に建立された寺である。 元禄十四年(一七〇一)に山形城主であった伊豆守正虎公(佐倉堀田家三代)が開基となり、当山十二世秀鏡法印が中興した。 しかし、延亨三年(一七四六)堀田相模守正亮公(五代)が、佐倉城主として転封されるに際し、同年八月、現在の地に移したものである。 安置されている本尊、十一面観世音菩薩(市指定文化財)は、 堀田正倫公(十代)の御念持仏で、わが国彫金界の泰斗である佐倉出身の津田信夫の作である。 また、金毘羅尊は、堀田相模守正順公(六代)が天下泰平、万民豊楽を祈り、城内の守護仏として、四国象頭山より勧請したものである。 現在、毎月十日は金毘羅尊の縁日として近隣町村からの参詣者を迎えている。 大伽藍を容した旧本堂は、明治初期の大火で焼失したが、現在の本堂は阪東二十八番札所滑川龍正院の建物を昭和三十六年に移築したもので、享保十一年(一七二六)六月、当時下総の国を挙げて建立されたものである。 境内奥には、堀田家累代の廟が静かにたたずんでいる。 【現地案内板より抜粋】 滑川龍正院の建物移築と言うのが驚きでした。 駐車場ありますが、細い道なので、車を置いて城下巡り散策の方がおすすめです。
『安城山 不矜院 甚大寺』 住所→〒285-0023 千葉県佐倉市新町78 宗派︰天台宗 御本尊︰十一面観世音菩薩 御朱印:あり 駐車場:なし 備考: ・創建年は元和元年(1615年)の頃で、『慈眼大師天海僧正』が山形の城下に創建した ・山形城主の『伊豆守堀田正虎公』が開基となり元禄14年(1701年)に中興、堀田相模守正亮公の佐倉転封に際して、当寺も当地へ移転したとされている ・かつては大伽藍として美しかった元々の本堂は明治初年に焼失してしまったが、昭和36年に滑川龍正院から移築したものを現在の本堂として扱われているらしい ・ちなみに此方は、享保11年(1726年)に建てられたもので、此方も中々美しい ・御本尊の『十一面観世音菩薩』像は、佐倉市指定の文化財となっており、堀田正倫公(十代)の御念持仏だとか ・『佐倉七福神』の『毘沙門天』が祀られており、御本尊ではなく此方の御朱印も頂くこともできる ・厳密には駐車場ではないみたいだが、お寺の中…本堂前あたりに恐らくはお寺の管理している方の車が駐められており、その隣なら駐めることができる ・参拝した際には御住職が不在で御朱印を書き入れてはもらえなかったが、御婆様が対応してくれて書き置き式で良いならと言われ、そちらを頂くこととなった ・物腰が柔らかく、優しそうな御方であった ・令和6年12月1日(日)の15時36分頃に参拝させてもらった #寺社 #天台宗 #御朱印 #結月大佐の御朱印さんぽ
佐倉小学校の隣。毎月10日に縁日が開かれます 七福神:毘沙門天さんがいらっしゃいます お墓:佐倉藩堀田家菩提寺です ①堀田正俊 ②堀田正睦 ③堀田正倫 -------------------------- ①堀田正俊さん 大老までなった。江戸城内で刺殺 ②堀田正睦さん 老中で、ハリスと会見。通商条約を内定。 佐倉の医学発展。東京から佐藤泰然を呼び、医学塾を開いた 佐倉順天堂となり、『西の長崎、東の佐倉』と呼ばれた 東京の順天堂医院は、2代目堂主の佐藤尚中が開いた お茶の水も、名称は、順天堂医院と医院のまま ③堀田正倫さん 最後の藩主。佐倉の発展に尽力し、佐倉高校は、正倫さんの寄付により廃校をまぬがれ、校舎も建てられた。
堀田氏ゆかりのお寺で境内には、 佐倉七福神の「毘沙門天」があります。 お祭りがありたまたま訪れたのですが出店が出ており、買い物を楽しんじゃいました。 周辺は昔ながらの街道や建物などが立ち並びとっても風情のあるエリアなので、休日などにぶらり旅はいかがですか。
安城山 不矜院 甚大寺(じんだいじ)は、京成佐倉駅の南東600mほどの佐倉市新町に伽藍を構える佐倉市唯一の天台宗の寺院です。 佐倉七福神の毘沙門天です。 元和元年(1615年)寛永寺などを創建した慈眼大師 天海僧正が出羽国 山形城下に創建しました。 院号の「不矜院」は、貞享元年(1684年)に従兄弟の稲葉正休に刺殺された堀田正俊の法号に由来します。 元禄14年(1701年)山形城主 堀田正虎が開基となり、中興しました。 延享3年(1746年) 山形藩主 堀田正亮が佐倉藩に国替えになった際、佐倉に移されました。 本堂は、明治元年(1868年)に焼失後、昭和36年(1961年)に滑川(埼玉県)の龍正院から移築したもので、享保11年(1726年)の建造です。 本尊は『十一面観音(佐倉市指定文化財)』で、そのほか不動明王、金比羅権現などを祀っています。 境内には、『堀田正睦公墓所(千葉県指定史跡)』が建立されています。 毎月10日には、金比羅大権現の縁日が行われます。 金比羅大権現は、寛政年間(1789〜1801年)佐倉藩主 堀田正順により勧請されました。 天台宗は、中国を発祥とする大乗仏教の宗派のひとつで、諸経の王とされる妙法蓮華経(法華経)を根本経典とします。名称は、実質的開祖の智顗が天台山に住んでいたという事に由来します。天台教学は入唐した最澄(伝教大師)によって平安時代初期(9世紀)に日本に伝えられ、多くの日本仏教の宗旨がここから展開しました。最澄は日本へ帰国後、比叡山延暦寺に戻り、後年円仁(慈覚大師)・円珍(智証大師)等多くの僧侶を輩出しました。最澄はすべての衆生は成仏できるという法華一乗の立場を説きました。
2021.01.07 佐倉七福神巡り 毘沙門天 最後にお参りしました。 今年はコロナ禍ではありますが、 強風の中無事にお参り巡りが出来ました。
~に関する情報 天台宗 安城山 甚大寺
住所
天台宗 安城山 甚大寺 に位置しています 日本、〒285-0023 千葉県佐倉市新町78 天台宗 安城山 甚大寺
電話
電話番号は 天台宗 安城山 甚大寺 は +81 43-484-0003
