遍万寺
遍万寺は久留米市 (日本)にあります。寺院のカテゴリで注目されており、評価は3.2です。詳細はこちらをご覧ください。
の特徴とサービス: 遍万寺
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- トイレ
顧客レビュー
遍万寺 評価は 4.2 ~から 5 に基づいて 5 レビュー Googleで
宮ノ陣神社の境内から東方向には、木造2階建ての山門が隣接していて遍万寺の境内へと行くことができます。 遍万寺は菊池武光の弟である武邦が出家して、この梅樹のほとりに庵を結んだのが始まりとされて、一日百万遍念仏を唱えたのが遍万寺の由来だという。 本堂の脇には「筑後川合戦之碑」が建てられていました。 筑後川合戦、大原合戰と言い (南朝暦) 正平十四年(一三五九年)七月から八月にかけて、およそ六万人の北軍(少弐・大友連合軍)と、およそ四万人の南軍(懐良親王・菊池武光軍)が宝満川流域の味坂・大原・西島・山隈を含む筑後平野を舞台にして、一大決戦を展開し、両軍の戦死傷者合わせて約二万五千人といわれている。 戦いの結果は南軍の勝利となった。以後、菊池武光は懐良親王を奉じて大宰府に征西府をおき、十数年間九州政治の実権を握るに至った。 平地戦で短時日にこんなに多数の戦死傷者を出した激戦は稀であるといわれ、その霊魂を弔ったと伝えられる跡やその他の遺跡はいくつも残っている。
法龍山 遍万寺(へんまんじ)は、西鉄宮の陣駅の東450mほどの住宅街の中に伽藍を構える真宗大谷派の寺院です。 梅の名所としても知られている宮ノ陣神社とは、当寺の木造2階建ての山門で繋がっています。 正平14年(1359年)の筑後川の戦い(大原合戦)に勝利した南朝方の武将・菊池武光の出家した弟・正西(武邦)が、戦死された将軍の懐良親王及び戦没戦士の冥福を祈り一日百万遍念仏を唱えたのが遍万寺の由来だといいます。 本堂左前には「懐良親王 菊池武公 筑後川合戦之碑」が建立されています。 碑文には、正平14年(1359年)7月19日筑後川渡河出陣の刻書と、「筑後国府(合川町枝光)の宮、本陣を出陣され下弓削警戒陣より杜渡し、渡河し、この地に懐良親王宮の本営を置かれる」との説明文があります。 日本三大合戦の一つとして有名な筑後川の戦い(大原合戦)の際、後醍醐天皇の皇子である征西将軍宮懐良親王が此の地に陣を張られたことが「宮ノ陣」の地名の由来となっています。 また、宮ノ陣神社境内には、「将軍梅」という懐良親王お手植えと伝わる紅梅があります。 真宗大谷派は、浄土真宗の宗派の1つで、 阿弥陀如来一佛を本尊とし、親鸞を宗祖とします。大谷派の根本道場である「真宗本廟」(通称:東本願寺)を本山とします。 浄土真宗は、鎌倉時代の仏教家である親鸞(1173〜1263年)を宗祖とし、室町時代の八世の蓮如(1415〜1499年)が「講」と呼ばれる組織を築き、人々が平等に教えを聴き団結できる場を提供し、また親鸞の教えを安易な言葉で述べた『御文』を著作し、一般に広く教化した事により急速に発展・拡大しました。 天正19年(1591年)に、十一世顕如(1543〜1592年)は豊臣秀吉に京都の土地を与えられ、本願寺を再興しました。しかし、慶長7年(1602年)、石山退去時の見解の相違等を巡る教団内部の対立状況が主因となり、これに徳川家康の宗教政策が作用して、顕如の長男である教如(1558〜1614年)が、家康から本願寺のすぐ東の土地を与えられ本願寺(東)を分立しました。これにより、当時最大の宗教勢力であった本願寺教団は、顕如の三男准如(1577〜1630年)を十二世宗主とする本願寺(西)と、長男教如を十二代宗主とする本願寺(東)とに分裂することになりました。 浄土宗からの圧力により江戸幕府から「浄土真宗」と名乗ることを禁じられ「一向宗」と言われていましたが、明治5年(1872年)にようやく「浄土真宗」と名乗ることが許されました。 平成28年現在、信者数は約792万人で、仏教系教団の中での2位となっています。
菊池武光の弟菊池武邦が後に正西と改めて大保原の合戦で死んだ兵士を弔ったというお寺です。一日にお経を百万遍唱え供養したことでこの寺を遍萬寺と呼ぶようになったそうです。ここの住職は菊池姓で武邦の子孫だと云われています。
梅の名所としても知られている宮ノ陣神社の境内に、当寺の木造2階建ての山門が隣接。 本堂左前には[懐良親王 菊池武公 筑後川合戦之碑]が建っている。 碑文には、正平14年13597月19日筑後川渡河出陣の刻書と次のような説明が彫られている、筑後国府(合川町枝光)の宮、本陣を出陣され下弓削警戒陣より杜渡し、渡河し、この地に懐良親王宮の本営をおかれる。 日本三大合戦の一つとして有名な大原の合戦(筑後川の戦い)の際、後醍醐天皇の皇子である征西将軍宮懐良親王が此の地に陣を張られたことが[宮ノ陣]の地名の由来とも言われている。 また、宮ノ陣神社境内には、将軍梅という懐良親王お手植えと伝わる紅梅がある
住職から由来や歴史をお伺い出来、郷土の事を改めて学びがありました。
~に関する情報 遍万寺
住所
遍万寺 に位置しています 日本、〒839-0801 福岡県久留米市宮ノ陣5丁目12−66 遍万寺
電話
電話番号は 遍万寺 は +81 942-33-6301
