毛利時親郷墓
顧客レビュー
★★★★★
★★★★★
毛利時親郷墓 評価は 3.3 ~から 5 に基づいて 3 レビュー Googleで
毛利時親は、毛利元就より11代前の毛利家当主で、安芸吉田毛利の始祖だそうです。 暦応4年(1341年)時親は家督を孫に譲り、出家して名前を「了禅(りょうぜん)」と改め、富海村で老後を過ごし死去したのであろうといわれています。 令和5年(2023年)椿峠に新しい国道2号線ができました。「毛利時親郷墓」は、古い国道と新しい国道に挟まれました。 国道の拡張工事が完全に終了し、二車線×二車線になったあかつきには、このお墓に行けるようになるのかな?
ついに謎が解けました。工事中の現場を見るたんびに、謎の祠があって、仕事で忙しいので、調べる暇がなくて、何の神様が祀ってあるのだろうかと不思議に思ってました。毛利の殿様のご先祖様だったのですね。それも広島で隠居せず、わざわざ安芸国から周防国までやってきて隠居されたとは、まあ当時から毛利氏は山口に影響力があったのかもしれません
現代人が便利になるにつれ、先人達の残した街道や遺跡が消滅していく・・儚い もし国道で壊すのであれば、せめて綺麗に移築されることを願いたい
~に関する情報 毛利時親郷墓
住所
毛利時親郷墓 に位置しています 日本、〒747-1111 山口県防府市富海毛利時親郷墓 国道 2 号線
