亀姫の墓
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徳川家康の長女亀姫の墓です。亀姫は家康がまだ今川義元の人質だった永禄3年(1560年)に駿府城で誕生し、長じて新城城主奥平信昌の正室となってからは、夫の出世とともに上野宮崎城、美濃加納城へと移住しました。母親の瀬名姫に似たといわれるその気性の激しさは、晩年孫が宇都宮藩主を追い出された時に異母弟の将軍秀忠に告げ口をして、新藩主を追い出した「宇都宮城事件」を起こしたと云われています。寛永2年(1625年)正徳院こと亀姫は、美濃加納城で65歳の生涯を閉じました。そこにも亀姫の墓があります。
亀姫は、永禄3年(1560)6月4日、徳川家康の長女として駿河国に生まれ、母は家康の正妻、駿河御前(のちの築山御前)です。2代将軍秀忠をはじめ、尾張義直、紀伊頼宜、水戸頼房などは亀姫の弟にあたります。 永禄5年、岡崎城に移り、天正4年(1575)17歳の時、奥平信昌の妻となりました。同年12月22日、西尾吉次が輿を守って新築まもない新城城へ輿入れしたといいますが、実際は乱世のことであるので、途中で輿を奪われるのを恐れて、これより先の7月に藤尾某が亀姫を背負ってひそかに城に入り、正式入輿のときには空であったともいわれています。 亀姫の新城で暮らしは15年間におよび、その子家昌、家治、忠政、忠明の4男と1女(千姫)は皆、新城で生まれています。
~に関する情報 亀姫の墓
住所
亀姫の墓 に位置しています 日本、〒441-1384 愛知県新城市西入船22 亀姫の墓
電話
電話番号は 亀姫の墓 は +81 536-22-1473
