崇福寺跡
顧客レビュー
崇福寺跡 評価は 4 ~から 5 に基づいて 26 レビュー Googleで
大津京と同時期に建てられた白鳳時代の山岳寺院です。瓦や塼仏も見つかり塔心礎に残っていた舎利容具は国宝に指定されています。この塔心礎は京都木津川市の高麗寺と同タイプです。 北尾根の弥勒堂跡は白鳳時代の遺物が見つかった中尾根と方位が一致することから崇福寺跡でと考えられています。南尾根からは梵と書かれてた塼が見つかった事から崇福寺とは別の梵釈寺とする説が現在主流です。 土砂崩れで通行止めだったのですが復旧しています。数十mにわたり道が広くなっているので駐車スペースは有るのですが、Uターンは大変でした。二又に分かれる所で向きを変えた方が良かったです。 南尾根へ渡る道は橋が無くなって通れないのに土砂崩れの迂回路として案内板があったり、道が崩れて危険な箇所もありました。
熊の出そうな山中にあり、足元悪いです。 天智天皇時代の大津京鎮護寺崇福寺(志賀寺)跡。 清少納言の枕草子にも一節が。 「寺は 壺坂。笠置。法輪。 霊山は、釈迦仏の御すみかなるがあはれなるなり。 石山。粉河。志賀。」
天智天皇の時代、勅願によって創建された寺院の跡。志賀寺とも呼ばれたらしい。 金堂跡&講堂跡、小金堂跡&塔跡、弥勒堂跡と三箇所に分かれています。 小金堂跡に建物の瓦が大量に散乱してました。当時のものかはわからないですが、貴重な文化財なので採取しないようにしておきましょう。
11月仲旬~頃に訪れたら美しい紅葉が、見れそうです。
山あいの自然に囲まれた道を川沿いに進むむとたどり着くが、見るべきものは跡以外にありません。
静かな場所にある趣のあるお寺であったろうことが容易に想像できるお寺の跡でした。梅雨の時期で苔むしており、雰囲気も良かったのです。 しかし、ヒルを2匹ほど拾って服をはっていたり、山側から降りてくると道がわからなくなり、下手な道を通ろうものなら、崖を降りることになり滑落しかねないと難易度は高めです。山側から来ると危険を促すサインボードに4たび遭遇しますが、そういうことだったのでしょう。 通り抜けて登山道に復帰するには軟弱地盤の崖を降りることになります。山側から来た人は元の道に引き返して、元の川の横を歩くのが良いでしょう。
11月上旬です。 紅葉には少し早かったが、 もみじはかなりきれいになると思います。
~に関する情報 崇福寺跡
住所
崇福寺跡 に位置しています 日本、〒520-0006 滋賀県大津市崇福寺跡
ウェブサイト
ウェブサイトの 崇福寺跡 は shiga-ec.ed.jp/www/contents/1438304524592/html/common/other/55d173d3007.pdf
営業時間
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木曜日: 24時間営業
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