金堂
顧客レビュー
金堂 評価は 4.5 ~から 5 に基づいて 39 レビュー Googleで
ここが三井寺の本堂らしい。 三井寺に相応しい立派なお堂です。 中に入ったわけでもなく特別な由来も知りません。
国宝 金堂 天台寺門宗の総本山三井寺の本堂です。 天智天皇ゆかりの寺として七世紀に創建 されて以来、千三百年余の歴史を刻んで きた三井寺は、幾多の最南に遭い、伽藍の焼失と再建を繰り返してきました。現在の金堂は、豊臣秀吉の正室・北政 所によって慶長四年(一五九九年)に再 建されたもので、重厚さのなかに檜皮葺 の屋根が軽快で美しい桃山時代を代表す建築として知られています。堂内は、外陣内陣・後陣に区切られ、秘仏の本尊・弥勒仏をまつる内陣中央は、 床を張らず一段下げて土間にするなど、 伝統的な天台系密教仏堂の形式を伝えて います。生涯で12万もの仏像を彫ったと聞く円空さんの粗削り円空仏像をたくさん目にすることができて思わぬ大きな収穫に大雨の中、お参りに来たご利益と大いに気を良くし次なるお寺に向かいました。 合掌
微妙寺のお詣りの後、少し曲がった参道の突き当たりに、大きなお堂が見えて来ます。 園城寺(三井寺)の金堂です、普通のお寺では本堂にあたるお堂です。 ご本尊は、弥勒仏になります。 天智天皇が所蔵していた仏さまなんだとか。 何故、天台宗のお寺に弥勒さま?。 このお寺は、天智天皇のお孫さんが自分のお父さんの菩提寺として建てたお寺だからなんですね(詳細を知りたい方は、天武天皇や壬申の乱で検索して下さい)。 で、現在の規模になったのは智証大師円珍和尚が、比叡山延暦寺から此方へ移って来てからなので園城寺を中興した方になっています。 本堂は、お堂の中に入る事が出来ます(土足禁止、観音堂以外は基本土禁です)。 内陣をぐるっと廻る様に順路が決められています、檀家の方が寄贈した仏様等が並んでいて拝観出来ます(拝観無料)。 御朱印は、弥勒様の他にもふたつあります(御朱印所は、堂内右手にあります)。
令和5年 7月15日 酷暑の祇園祭 園城寺金堂 内部は外陣・中陣・後陣に別れ、 中陣は中心となる内陣の両側に脇陣を設けています。 御朱印も拝受しました!
紅葉 の撮影と6月頃に訪れた際、雌の孔雀に全く相手にされず踊り続ける健気で美しい雄の求愛ダンスを見るべく訪れました。木々の葉が落ちると同じ様に孔雀の羽根が抜け落ち少し寂しげな様子でしたがやはり雄の容姿は美しく癒やされます。綺麗に色付いた紅葉や木々の葉、少し枯れ始めているのか多くの落ち葉も も見受けられました。温暖化の影響か良いタイミングの紅葉に出逢うのが難しくなった様な気がします。日が当たり過ぎていなところのオレンジ色のもモミジ はすごく綺麗でした。もう一週間早ければ綺麗な紅葉が鑑賞出来たかもしれませんね。
豪壮にして圧巻の金堂は、1599年に北政所が建立。安土桃山時代ならではの大きなスケール感の迫力で、どの角度から見ても重厚で美しい。内部も格天井の外陣を広く取った広々とした造り。内陣の裏側に平安時代以降江戸時代まで三井寺に伝わる数々の仏像を安置し拝観できる。
⭐️1598年豊臣秀吉死去、秀吉の遺志にて1599年秀吉正室の北政所(ねね/高台院)が再建、園城寺 三井寺の総本堂、屋根の大きさに雄大な反り風格と趣あり重厚、国宝‼️ 本尊の弥勒仏は天智天皇が信仰したとされる霊像、秘仏 ⭐️余談…金堂前、正面にある灯籠の事❗️ 天智天皇(中大兄皇子)が大化の改新で蘇我一族を滅ぼした罪の罪障消滅として、自分の左薬指を切って灯籠の台座下に納めたと伝わるそうです『無名指灯籠』⁉️ 天智天皇の指が納められているのに、何気無く金堂の正面に鎮座している事に驚き
~に関する情報 金堂
住所
金堂 に位置しています 日本、〒520-0036 滋賀県大津市園城寺町33 金堂
電話
電話番号は 金堂 は +81 77-522-2238
ウェブサイト
ウェブサイトの 金堂 は miidera-museum.jp/cultural-property/contents/4
営業時間
月曜日: 8時00分~17時00分
火曜日: 8時00分~17時00分
水曜日: 8時00分~17時00分
木曜日: 8時00分~17時00分
金曜日: 8時00分~17時00分
土曜日: 8時00分~17時00分
日曜日: 8時00分~17時00分
