徳和山吉祥寺
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徳和山吉祥寺 評価は 4 ~から 5 に基づいて 29 レビュー Googleで
県指定天然記念物のエドヒガンザクラ。今の桜が4代目、これは昭和28年の台風で倒伏した3代目から成長したもの。とても台風で倒れたとは思えない、成長力あふれる桜である。 さて個人的には訪問の機会は2度あったが、この写真を取った年、23年4月8日は既に見頃は過ぎ、散桜であった。多分見頃は一週前だっただろう。標高が比較的高い場所にあり開花は遅めだが、ずばりな見頃を捉えるのは難しい。なおこの年の靖国開花は3月14日。一つの参考として。
❷【参考 甲斐国志 明治15-17年】 徳和山吉祥寺(1814年の江戸時代の書による) 寺記によると ・承元中(1207年~1211年)武田五郎信光の創建。 ・毘沙門天を安置せり。 ・夢窓国師(むそうこくし※1) 乾徳山にはいり、ひと夏 面壁(めんぺき※2)の時、僧_道満 戒めを授かり 侍従(じじゅう※3)す。 ・「実は当寺、毘沙門の権化なり」と信玄 再興の棟札あり。 [般若理趣経] ・永禄8年(1565年)3月吉日 塔主_周悦 本願_周珍 とあり。般若理趣経(はんにゃりしゅきょう)2軸 ・至徳3年(1386年)開板(かいはん・出版の意味) ・応永元年(1394年)3月吉日 吉神山現住_周智 これを求む。 ・徳和山毘沙門堂 常用とあり。 [毘沙門領寄田] ・慶安3年 岩波五郎八、平岡勘三郎の水帳あり ・貞享元年 検地の時、貢田となれり ・元禄11年の検地 2度訴訟状の案を蔵せり ※1_夢窓国師・・夢窓疎石(むそうそせき)。禅僧。後醍醐天皇より「夢窓国師」の名をいただく。天龍寺庭園など手掛けた作庭が有名。 ※2_面壁・・壁に向かって座禅すること ※3_侍従・・高貴な立場の人物に付き従い、身の回りの世話などをする [在] 徳和村 [宗] 真言宗 [末] 放光寺末 [除地] 132坪 ____________ ❶【参考 県市郡村誌 明治25】 徳和山吉祥寺(明治時代の書による) 武田信光 創建す、のち、永禄年中(1457年~1460年) 武田晴信 再興、とある。 [在] 釜和原組にあり [宗] 真言宗 [末] 松里村 放光寺末 [域] 東西13間 南北14間 189坪
心おちつく由緒有る寺院です
乾徳山山行の後によりました。
毎回七福神で最後に寄らせていただいてます。サクラが咲く時期はとてもキレイだそうです。
麓の駐車場に止めるのがベスト。綺麗に整備されていて趣があります。
山梨にも吉祥寺があったのをしりませんでした。 おみくじがオススメです。
~に関する情報 徳和山吉祥寺
住所
徳和山吉祥寺 に位置しています 日本、〒404-0205 山梨県山梨市三富徳和2 徳和山吉祥寺
電話
電話番号は 徳和山吉祥寺 は +81 553-39-2757
ウェブサイト
ウェブサイトの 徳和山吉祥寺 は yamanashi-kichijoji.org
