徳川将軍家墓所

📍 納骨堂 の 港区

徳川将軍家墓所
8.3

徳川将軍家墓所は港区 (日本)にあります。納骨堂のカテゴリで注目されており、評価は8.3です。詳細はこちらをご覧ください。

徳川将軍家墓所22名中3位です 納骨堂 の 港区

顧客レビュー

★★★★★
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徳川将軍家墓所 評価は 4.4 ~から 5 に基づいて 64 レビュー Googleで

N M

徳川将軍家の菩提寺は、寛永寺・増上寺・日光輪王寺にあります。御霊廟は、墓所・本殿・拝殿を中心とした多くの施設からなり、江戸時代の華麗な建築技術・意匠の粋を集めた建築群として当時の最高技術が駆使された厳粛かつ壮麗なもので国宝に指定されていましたが、1945年(昭和20年)の空襲でほとんどの建物を焼失。その後南北に配していた墓所は1か所にまとめられ現在地に改葬されました。 増上寺に埋葬されているのは、2代秀忠・6代家宣・7代家継・9代家重・12代家慶・14代家茂の6人の将軍と崇源院(2代秀忠公夫人)、皇女和宮(14代家茂公夫人)ら5人の正室。3代家光の側室桂昌院(5代綱吉公実母)はじめ5人の側室と3代家光第三子甲府宰相綱重、その他歴代将軍の子女が合祀墓にお祀りされています。 見どころは、和宮様の宝塔です。公武合体の象徴で江戸に降嫁されました。遺言により夫君家茂公と並んで祀られました。家茂公が石塔なのに対し、和宮様の宝塔は青銅製であり、皇女様でいらしたので徳川のご紋と菊のご紋に囲まれています。江戸城無血開城や徳川家存続に力を尽くされたお方です。

N M ☆ 5/5
鑫#イ言θ月(覚満)

鋳抜門の左手に受付あり。入所料500円。クリアファイル付き。巨大な宝塔が連なる霊廟らしい場所。各御霊屋に分けられていた宝塔が現在のように纏められたのは戦後になってから。埋葬されているのは徳川秀忠・家宣・家継・家重・家慶・家茂の歴代将軍と和宮。合祀塔には甲府宰相綱重と桂昌院などが葬られている。秀忠の宝塔は戦災で失われたため妻お江の宝塔で代用している。パンフレットによるとかつてはプリンスホテルから芝東照宮裏にかけての芝公園一帯にこれら埋葬者の壮麗な御霊屋が連なっていたらしい。確かに古写真を見ると日光東照宮にも劣らぬ大伽藍である。戦災で焼失したのが残念でならない。

鑫#イ言θ月(覚満) ☆ 5/5
yasushi sugo

20251026 増上寺に埋葬された将軍は二代目の秀忠を筆頭に6人。皇女和宮もいらっしゃるなど歴史の1ページをみた思い。ただ、もともとの埋葬場所はみなバラバラで、太平洋戦争の空襲で丸焼けになったことをきっかけにして、ここに集めたと聞いて、墓所としての価値が少し低い気がした。 ただ、こうした、歴史建造物の保護にはお金はかかるから、それはそれとして、みた人が費用を負担するのは当然かなと思った。

yasushi sugo ☆ 3/5
そんけみ

大変厳かな場所です。 灯篭に刻まれた武将の名前が確認出来ることもすごい。 また宮家と徳川家の家紋の違いもそれぞれにあり、細部まで勉強になりました。

そんけみ ☆ 5/5
河童春吉

浄土宗 大本山 三縁山広度院 増上寺 なぜ徳川将軍家の菩提寺は「芝の増上寺」と「上野の寛永寺」の2つあるのか なぜ十四代将軍の正室 静寛院宮の墓は 歴代将軍たちと同じ並びにあるのか なぜ三代将軍家光以降の将軍は全員側室の子なのか なぜ最後の将軍 慶喜の墓は菩提寺ではなく谷中霊園なのか お墓の配置とサイズから 徳川将軍家160年間における朝廷との関わりや 各時代の財政状況が見えてくる およそ1時間にもわたって解説してくださったボランティアガイドさんには感謝しかない ツツジが満開! 気持ちいい散歩だった 2025-04-26

河童春吉 ☆ 4/5
えとうごろう

徳川家将軍の墓所は、戦前墓所、本殿、拝殿からなり厳粛かつ荘厳でいずれも国宝に指定されていました。 その後、東京大空襲で大半を焼失しました。 現在ご霊廟は焼け残った旧国宝「鋳抜門」を移転しました。その他の施設と合わせ、その荘厳さは日光東照宮と並び評された数少ない遺構です。 墓所には二代秀忠公、六代家宣公、七代家継公、九代家重公、十二代家慶公、十六代家茂公の六人の将軍とその正室、(家茂公正室和宮)か祀られています。

えとうごろう ☆ 5/5
Taka Shigeru

増上寺本殿の奥の静かな場所に青銅製の立派な鋳抜門があり、その奥に墓所があります。鋳抜門の両側には昇り龍と下り龍が描かれています。 拝観料500円を払うと徳川家の家紋入りの小さなクリアファイルを貰って見学できます。 ここには、15代続いた徳川将軍のうち、2代目秀忠、6代目家宣、7代目家継、9代目家重、12代目家慶、14代目家茂の6人の将軍の他、将軍家の夫人達が埋葬されています。 元々徳川家霊廟は、現在の増上寺大殿の南北に建ち並ぶ壮麗なものであったそうですが、戦禍で焼失し、発掘された土葬の遺体は綿密な調査が行われた後、荼毘にふされ現墓所に改葬されたとのことです。 徳川将軍家の墓は、初代将軍家康公の日光東照宮(3代目家光は日光輪王寺)、ここ増上寺の他に上野の寛永寺、谷中霊園に分かれています。 ボランティアの方が色々と解説してくれるという口コミも見ましたが、自分が訪れた時は誰もおらず、徳川家の墓所がどうして分かれたのか、増上寺の墓所は石造りのものと青銅製のものが混在しているのはどうしてかと分からず仕舞いでした。また時間がある時にでもゆっくり訪問したいと思います。

Taka Shigeru ☆ 4/5

~に関する情報 徳川将軍家墓所

住所

徳川将軍家墓所 に位置しています 日本、〒105-0011 東京都港区芝公園4丁目7 徳川将軍家墓所

ウェブサイト

ウェブサイトの 徳川将軍家墓所 は zojoji.or.jp/keidai/tokugawagrave.html

営業時間

月曜日: 11時00分~15時00分
火曜日: 営業時間外
水曜日: 11時00分~15時00分
木曜日: 11時00分~15時00分
金曜日: 11時00分~15時00分
土曜日: 10時00分~16時00分
日曜日: 10時00分~16時00分

お問い合わせ 徳川将軍家墓所

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